「我儘の極意って、そもそも何?」 「身勝手の極意と何が違うの?」 「漫画だと何巻の何話?」
結論から書くと、我儘の極意は、漫画『ドラゴンボール超』でベジータが目覚めた、ダメージを受けながら戦うほどに力が高まっていく境地です。ビルスのもとで破壊の力を学んだベジータが、グラノラとの戦いの中でこの状態に入り、17巻・第75話「破壊神の力」で自ら「我儘の極意」と名乗ります。
この記事では、漫画の何巻・何話の場面かを軸に、我儘の極意を整理します。漫画の出典は『ドラゴンボール超』(原作:鳥山明/漫画:とよたろう、集英社)です。
この記事は漫画『ドラゴンボール超』の単行本に基づいて整理しています。アニメ版やゲームの内容は扱いません。
結論:我儘の極意の早見表
| 知りたいこと | 答え |
|---|---|
| どんな境地? | 攻撃をよけずに受け止め、戦うほどに力が高まっていく状態 |
| 誰の力? | ベジータ |
| どこで学んだ? | 破壊神ビルスのもとでの修業(16巻・第69話ほか) |
| 新しい姿で戦い始めるのは? | 17巻・第74話「ベジータVSグラノラ」 |
| 「我儘の極意」と名乗るのは? | 17巻・第75話「破壊神の力」 |
| その後の主な場面は? | グラノラ編の終盤、ガスとの戦い(19巻・第84話〜20巻・第85話) |
「何話?」と聞かれたときに答えが割れやすいのは、姿が変わる回(第74話)と、名前が出る回(第75話)が別だからです。どちらも17巻に入っています。
我儘の極意とは?
我儘の極意は、ベジータがたどり着いた戦い方の境地です。特徴は大きく2つあります。
- よけずに受け止める:相手の攻撃をかわすのではなく、受けながら前に出る
- 戦うほど力が高まる:受けたダメージや闘争心が、そのまま力を押し上げていく
ドラゴンボール公式サイト(dragon-ball-official.com)のあらすじでも、この力はビルスとの修業で身につけた、ダメージを力に変える境地として紹介されています。
変身すると見た目も変わり、眉がなくなって、表情がぐっと険しくなります。この姿は、作中では「我儘の極意」という名前で呼ばれ、破壊神のもとで学んだ力を土台にした、ベジータ独自の境地として描かれています。
我儘の極意は何巻何話?漫画で描かれる場面
習得のはじまり:16巻・第69話(ビルスのもとでの修業)
グラノラ編の序盤、悟空はウイスのもとで身勝手の極意に磨きをかけ、ベジータはビルスのもとで破壊の力を学び始めます。その前の15巻・第68話では、ビルスが、身勝手の極意は天使の技であり、破壊神には別のやり方があることをほのめかしています。
第69話では、ビルスがベジータに、サイヤ人がこれまで星を滅ぼしてきた過去をどう受け止めているのかを問いただします。そのうえでビルスは星を一撃で壊してみせ、この力は、迷いを抱えたままでは届かないものだと示します。
ベジータにとって、ここでの課題は技を覚えることではなく、自分の過去とどう向き合うかでした。この修業が、のちの第74〜75話につながっていきます。
ビルスとベジータの関係の出発点は、名場面ノート「恐れていた破壊神に、ベジータが向かっていった日」(1巻・第3話)で読み解いています。かつて恐れて戦いを避けていた相手に、今度は教えを受けている、という流れで読むと味わいが変わります。
新しい姿で戦い始める:17巻・第74話「ベジータVSグラノラ」
悟空が倒れたあと、ベジータがグラノラの前に立ちます。ベジータは、グラノラが手に入れたばかりの力を使いこなせておらず、戦いの経験が足りないことを見抜きます。
戦いの中で傷を負ったベジータは、ここで新しい姿に目覚めます。誰かを守るためでも、何かを背負うためでもなく、ただ目の前の戦いだけに集中できる状態で、サイヤ人としての本能が高まっていく。そんな流れで変身が描かれます。第74話の時点では、まだ「我儘の極意」という名前は出てきません。
自ら名乗る:17巻・第75話「破壊神の力」
名前が出るのはこの回です。戦いの中で悟空の戦い方と比べられたベジータは、悟空の身勝手の極意と自分の力は別物だとはっきり線を引き、自分の境地を「我儘の極意」と名づけます。
この回のベジータは、グラノラの攻撃を受け止めながら力を上げ、破壊の力を込めた攻撃も放ちます。一方で、グラノラもまた戦いの中で力を引き出していき、ベジータが一方的に押し切る展開にはなりません。
戦いが止まる:17巻・第76話「サイヤ人の宿命」
この回のベジータは、いったんもとの姿に戻ったあと、割って入った悟空を退けて、ふたたび我儘の極意になって戦い続けます。互いに消耗したところへ、ナメック星人のモナイトが現れ、40年前にグラノラたちを救ったのは、バーダックというサイヤ人だったと語り始めます。ここで、我儘の極意の戦いは決着がつかないまま止まります。
40年前の真実が明かされる場面は、名場面ノート「父バーダックが見逃した命」(18巻・第77話)で詳しく書いています。
その後:ガスとの戦い(19巻・第84話〜20巻・第85話)
グラノラ編の終盤、ベジータは悟空とともに、強大な力を得たガスと戦います。19巻・第84話「民族の誇り」で、二人はそろって身勝手の極意と我儘の極意になってガスに挑み、20巻・第85話「それぞれの答え」で、ベジータは力を使い果たして倒れます。
よけずに受け止めて強くなるという我儘の極意の性質は、ここでも、ベジータの戦い方の芯として描かれています。
身勝手の極意との違い
名前は似ていますが、戦い方は大きく違います。
| 身勝手の極意(悟空) | 我儘の極意(ベジータ) | |
|---|---|---|
| 学んだ相手 | ウイスの教え、メルスとの修業など | ビルス |
| 攻撃への対応 | 体が自然に反応してかわす | よけずに受け止める |
| 力の出どころ | 心を静め、体の反応にまかせる | 闘争心とダメージで高まっていく |
| 漫画の主な場面 | 9巻・第41話、14巻・第64話 | 17巻・第74〜75話 |
身勝手の極意の詳しい場面は「身勝手の極意とは?兆と極の違い」で整理しています。
ここからはヨミコミの読みです。
悟空は、余計な感情を捨てて心を静めたところで身勝手の極意に至りました。ベジータは逆に、自分の闘争心や誇りを捨てずに、むしろそれを燃やしきる方向で境地にたどり着きます。悟空の道をなぞらず、自分の性格のまま強くなる道を選んだ。その選択が、「身勝手」に対する「我儘」という名前にそのまま表れていると読めます。
また、第69話でビルスが問うたのは、サイヤ人の過去をどう受け止めるかでした。第74話で、守るものも背負うものもない状態で力が開いたことを並べると、ベジータがいったん過去の重さから離れ、戦いそのものに向き合えたことが、目覚めのきっかけになったと読むこともできます。これは作中で説明された理由ではなく、場面を並べたときの一つの読み方です。
アニメ版について
この記事は漫画版の巻・話をもとに整理しています。アニメ版と照らし合わせたい方は、「ドラゴンボール超の漫画とアニメの違い」もあわせてご覧ください。
なぜ強さの比較を載せないのか
「我儘の極意と身勝手の極意はどっちが強い?」という疑問を持つ方も多いと思いますが、当サイトでは強さの順位や数値の比較は扱いません。作中で数値が示されていない比較には、どうしても推測が入るからです。この記事は、作中で描かれた場面をもとに整理しています。
よくある質問
Q. 我儘の極意は漫画の何巻何話?
A. 新しい姿で戦い始めるのは17巻・第74話「ベジータVSグラノラ」、「我儘の極意」と自ら名乗るのは17巻・第75話「破壊神の力」です。
Q. 我儘の極意の読み方は?
A. 「わがままのごくい」です。
Q. 我儘の極意は誰に教わった?
A. 破壊神ビルスのもとでの修業がもとになっています。第69話(16巻)で、ビルスがベジータに破壊の力について教える場面があります。
Q. 我儘の極意は超サイヤ人の一種?
A. 作中では「我儘の極意」と呼ばれ、ビルスのもとで学んだ破壊の力を土台にした、ベジータ独自の境地として描かれています。
Q. 身勝手の極意との違いは?
A. 身勝手の極意は心を静めて体の反応で攻撃をかわす境地、我儘の極意はよけずに受け止め、戦うほどに力を高めていく境地です。
漫画版の記憶、試してみませんか
ビルス編から力の大会、銀河パトロール囚人編、グラノラ編まで、漫画版の場面から出題しています。
| 範囲 | 挑戦するクイズ |
|---|---|
| 1〜24巻の各編(グラノラ編の問題もあり) | 『ドラゴンボール超』総合クイズ(漫画版) |
まとめ
- 我儘の極意は、ベジータが目覚めた、よけずに受け止め、戦うほどに力が高まっていく境地
- 土台はビルスのもとでの修業。16巻・第69話で、ビルスが破壊の力と迷いについて示す
- 新しい姿で戦い始めるのは17巻・第74話、「我儘の極意」と名乗るのは17巻・第75話「破壊神の力」
- グラノラとの戦いは、第76話でモナイトが40年前の真実を語り始めたところで止まる
- グラノラ編の終盤(19巻・第84話〜20巻・第85話)でも、我儘の極意でガスに食らいつく
- 身勝手の極意とは、学んだ相手も戦い方も大きく違う。強さの比較は扱っていない