カイトを元に戻せないと知ったゴンが、自分がどうなってもいいと力を求める場面は、第29巻 No.305「残念」です。キメラ=アント編の最大の転換点として、多くの読者の記憶に残る回です。この記事はネタバレを含むので、未読の方はご注意ください。
どんな場面か
ゴンは、カイトを元に戻す方法はないと知ります。自分を責め、泣き崩れたゴンの希望は、ピトーの前で完全に裏切られます。表情を失ったゴンは、自分がどうなってもかまわないと、持てる限りの力を求めます。その瞬間、少年の姿は別のものへと変わり始めます。
考察
ゴンは何に怒っていたのか
作中の事実として、ゴンはカイトが元に戻らないと知ったとき、まず自分を責めて泣き崩れています。怒りの矛先が最初に向いたのは、相手ではなく自分でした。
ここからはヨミコミの読みです。キルアと逃げ延びたあと、ゴンはカイトは生きていると迷いなく言い、強くなって助けに行こうと前を向いていました(No.199「光と影」)。その前提が崩れたとき、ゴンの中に残ったのは、助けられなかった自分への怒りと、それでも何かをしなければ終われないという衝動だったのではないでしょうか。
自分を責める気持ちと、相手への怒りが一つになったとき、ゴンが差し出したのは自分自身でした。この場面のゴンの言葉は、そうした行き場のない感情の出口として読めます。終わってもいいという言葉は、先のことを考える余地を自分から手放す言葉でもあります。
第1話から続く「まっすぐさ」の行き着いた先
ゴンのまっすぐさは、物語の最初から魅力として描かれてきました。ハンター試験の最終試験では、ハンゾーに腕を折られても父に会うために退かなかった(No.34)。キルアが兄の言葉に支配されて去ったときは、イルミに詰め寄って友だちを取り戻そうとした(No.37)。
ヨミコミは、No.305をこのまっすぐさの延長線上にある場面として読みます。目的のためには退かない。大事な人のためなら自分がどうなってもいい。これまで読者が応援してきたゴンの性質が、ここでは同じ強さのまま、自分を顧みない方向へ振り切れてしまった。まっすぐさが美徳から危うさへ変わる瞬間を、作品は正面から描いています。だからこの場面は、爽快さではなく、痛みとして読者に残るのだと考えます。
始まりの言葉が、ここで戻ってくる
この回でゴンは、第1話でカイトから聞いた言葉を思い出します。くじら島の森でゴンを救ったカイトが、子グマに懐かれるゴンを見て、ハンターの素質を認めた言葉です(No.1「出発の日」)。
ゴンの旅は、カイトとの出会いから始まりました。父が生きていると教えてくれたのも、ハンターとしての素質を最初に認めてくれたのもカイトです。その人を失ったと知る場面で、旅の始まりの言葉が戻ってくる。ヨミコミの読みでは、この配置によって、ゴンが今何を失おうとしているのかが、旅の全体の重さで示されています。
今の自分に置き換えると
大切な人や物事を守れなかったとき、人は強く自分を責めることがあります。その気持ちが大きすぎると、すべてを投げ出してもいいと感じてしまうこともあるかもしれません。
この場面は、その感情の激しさをごまかさずに描いています。だからこそ、読み手は自分の中にある似た気持ちに気づくことがあります。ただ、この場面は「すべてを差し出せば解決する」と教えるものではありません。ゴンの選択が痛みとして描かれていることを、そのまま受け取りたいところです。
自分を責める気持ちが続いてつらいときは、一人で抱え込まず、信頼できる人や、厚生労働省「まもろうよ こころ」(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/)で紹介されている相談窓口に話してみてください。言葉にして誰かに渡すだけでも、抱えているものの重さは少し変わります。
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この回で思い出される第1話のカイトとの出会い(No.1)と、ゴンをまぶしく思うキルアの心の声(No.199)をあわせて読むと、この場面の重さがより伝わります。