ハンター試験の最終試験のあと、ゴンがイルミに詰め寄り、キルアのもとへ案内しろと迫る場面は、第5巻 No.37「光と闇③」です。ゴンとキルアの友情が、はっきりと言葉になる回です。前段のイルミとキルアの対峙は、No.35〜36で描かれています。
どんな場面か
キルアは、兄イルミの言葉に支配されるようにして試験を去りました。目を覚ましてそれを知ったゴンは、イルミに詰め寄ります。兄を名乗る資格はないと言い切り、イルミの腕をつかんで離さず、キルアのいる場所へ案内しろと迫ります。キルアが自分の意思で去ったのではないと、ゴンだけがまっすぐに信じています。
考察
「資格」という言葉の使い方の逆転
作中の事実として、ゴンはこの場面で、イルミには兄を名乗る資格がないと言い、同時に、友だちになるのに資格はいらないと言っています。一つの場面の中で、「資格」という言葉が二つの方向に使われているわけです。
ここからはヨミコミの読みです。イルミは兄という立場で、キルアの生き方を決めようとしました。家族という、生まれたときから決まっている関係を根拠にしている。それに対してゴンは、その立場に中身がともなっていないと突きつけます。一方で、自分とキルアの関係には、何の条件もいらないと言う。
血のつながりという「資格」を振りかざす側に資格を問い、選び取った関係である友情には資格を求めない。この逆転が、場面の芯になっていると考えます。友だちかどうかは、誰かに許可されたり、条件を満たしたりして決まるものではなく、自分たちで決めるものだ。ゴンはそれを理屈ではなく、まっすぐな怒りとして示しています。
本人がいない場所で、本人の本心を信じる
この場面で見落とせないのは、キルア本人がその場にいないことです。表面上は、キルアは自分で試験を去ったように見えます。それでもゴンは、それがキルアの意思ではないと信じて疑いません。
ヨミコミの読みでは、ゴンが見ているのは起きた出来事ではなく、それまでに一緒に過ごしたキルアの姿です。一緒に試験を乗り越えた時間があるから、今のキルアの行動が本心ではないとわかる。他人から見える事実より、自分が知っている友だちを信じる。ゴンの友情は、そういう形をしています。
退かない頑固さは、友だちのためにも発揮される
ゴンはイルミの腕をつかんで離しません。この頑固さは、少し前の最終試験で、ハンゾーに腕を折られても降参しなかった姿と同じものです(No.34)。あのときは父に会うためでした。今度は友だちのためです。
ヨミコミは、ここにゴンという人物の一貫性を見ます。自分の目的のためにも、友だちのためにも、同じ強さで退かない。この退かなさは、のちにキルアの側から見て、まぶしすぎるものとして語られることになります(No.199「光と影」)。キルアがゴンに向ける特別な思いは、この直談判のような場面の積み重ねから生まれていったのだと読めます。そしてキルアを縛っていた兄の影は、この先の物語でも長く尾を引いていきます。
今の自分に置き換えると
人間関係の中で、自分なんかがこの人と仲良くしていいのだろうか、と感じることがあります。相手のほうが優秀だったり、立場が違ったり、住む世界が違うように見えたりすると、関係に条件があるように思えてしまうものです。
ゴンの言葉は、そういうときに、関係を決めるのは肩書きや立場ではないという見方を思い出させてくれます。一緒に過ごした時間や、お互いをどう思っているかが、関係の中身です。
また、周りの人が表面的な出来事だけで誰かを判断しているとき、自分が知っているその人の姿を信じるという選択もあります。ゴンのように詰め寄る必要はありませんが、自分が見てきたものを大事にすることは、友情の一つのかたちだと思います。
あわせて読みたい
この友情がのちにキルアの側からどう見えていたのかがわかる場面(No.199)や、直前の最終試験でゴンがハンゾーに退かなかった場面(No.34)もあわせてどうぞ。