ジンが世界樹の上で、若い頃に挑んだ王墓の調査をゴンに語る場面は、第32巻 No.338「樹上」です。次の話のNo.339「静寂」へと続く、父と子の対話の前半にあたります。ジンという人物が何を大事にして生きてきたのか、その原点が語られる回です。
どんな場面か
会長選挙編の終わり、世界樹を登り切ったゴンに、ジンは自分が若い頃に初めて挑んだ王墓の調査の話をします。当時のジンには資金も名声もなく、ネットで集まった年上の素人仲間と一緒に調査を進め、ついに真相へたどり着きます。けれど、ジンがうれしかったと振り返るのは、発見そのものより、仲間と握手を交わした瞬間でした。
考察
「ほしいもの」と「大切なもの」の順番
作中で描かれている事実はシンプルです。若いジンは王墓の真相を求めて調査をした。真相にはたどり着いた。しかし、いちばんうれしかったのは発見ではなく、仲間との握手だった。
ここからはヨミコミの読みです。ジンにとっての「ほしいもの」は王墓の真相でした。最初からそれを目指して動き出している。一方の「大切なもの」は、目指していたわけではない仲間の存在です。そしてジンのこの言葉は、その大切なものが、ほしいものを手にする「前に」すでに来ていたと言っています。
ここが面白いところです。真相にたどり着いた瞬間に仲間の大切さに気づいた、という話ではありません。一緒に調べ、一緒に進んでいた時間のなかで、大切なものはとっくに手に入っていた。発見はそれを確かめるきっかけにすぎなかった、とも読めます。
資金も名声もない若者と、年上の素人たち
この昔話の設定にも注目したいところです。ジンは第1話で、弟子のカイトから、今も生きている優れたハンターだと語られる人物です。その彼が、最初の挑戦では資金も名声もなく、集まった仲間も専門家ではなく年上の素人だった。
ヨミコミはここに、ジンの価値観の出発点を見ます。肩書きも実績もない状態で、同じ謎に惹かれた人たちが集まり、それぞれの手持ちで少しずつ前に進んだ。立場も年齢もばらばらな人たちが対等に並んで一つのものを追いかけた経験が、のちのジンの人との関わり方をかたちづくったのではないか。握手という、上下のない対等なしぐさが喜びの象徴として語られていることも、その読みを支えています。
次の話の言葉の「実例」として置かれている
この話は、続くNo.339でジンがゴンに語る旅の哲学と対になっています。No.339でジンは、目的地より途中で出会うものにこそ価値があると伝えます。
No.338の王墓の話は、まさにその実例です。真相という目的地より、途中で出会った仲間のほうが大事だった。ジンは抽象的な教訓をいきなり語るのではなく、先に自分の体験を差し出しています。二つの話を続けて読むと、世界樹の上の一夜が、一つの筋の通った語りとして見えてきます。
ゴンの旅に重ねて読む
この昔話は、聞き手であるゴンの旅にもそのまま重なります。ゴンは父に会うという「ほしいもの」を追って旅に出ました。その道のりで、キルアやクラピカ、レオリオといった仲間に出会っています。
ヨミコミの読みでは、ジンは自分の昔話を通して、ゴンにも同じことが起きていたはずだと伝えています。父を探す旅の途中で、ゴンはもう大切なものを手にしていた。父に会えたことは、それを確かめる一つの節目にすぎないのかもしれない。G.I編の最後で、ジンが仲間と来た場合の行き先を別に用意していたこと(No.185「邂逅」)も、仲間といる息子への一つの態度として、この話と並べて読むことができます。
今の自分に置き換えると
仕事でも趣味でも、人は何かの成果を「ほしいもの」として追いかけます。売上、合格、完成、評価。追いかけている最中は、それを手にすることがすべてのように感じるものです。
ジンの昔話は、成果に向かう途中で一緒に悩んだ人や、たまたま手を貸してくれた人を思い出すきっかけになります。一人で仕事をしている人でも、相談に乗ってくれた知人、同じ目標を持つ仲間、初めての仕事を任せてくれた相手がいるはずです。その人たちとのつながりは、成果が出る前からもう手元にあったのかもしれません。
成果が思うように出ないときは、目的地までの距離だけを見て焦りがちです。そんなときに、今の道のりですでに手にしているものを数えてみる。この場面は、そうした立ち止まり方を教えてくれる一つの物語として読めます。
あわせて読みたい
この昔話のあとに続く旅の哲学(No.339)や、くじら島に残されたジンのテープ(No.66)もあわせて読むと、「ジンの言葉」がつながって見えてきます。