ゴンがくじら島で父ジンの録音テープを聞く場面は、第8巻 No.66「テープ」です。一つ前のNo.65「ジンについて」でゴンが父の残した箱を開け、この話でテープが再生されます。ゴンが初めて「父の声」に触れる回です。
どんな場面か
くじら島に戻ったゴンは、父が残した箱を開け、その中のカセットに吹き込まれたジンの声を聞きます。録音のなかでジンは、ゴンに会わない理由を自分の身勝手さとして語り、それでも会いたければ探しに来いと挑発します。そして話が母のことに移ろうとしたとき、ゴンは自分の手でテープを止めます。
考察
長い時間がたっても変わらないと言えるもの
このテープは、吹き込んでからゴンが聞く日まで少なくとも10年はたっているだろう、という前提で録音されています。その間に何が変わっているかは、録音するジン自身にもわかりません。
ここからはヨミコミの読みです。わからないことだらけの未来に向けて、ジンが確かなこととして言い切ったのが、テープの最後の一言でした。居場所も、やっていることも、たぶん変わっている。それでも自分が自分であることだけは変わらない。これは自信の表明であると同時に、自分は自分の好きに生きるという宣言でもあります。
面白いのは、この言葉が、会わない理由を身勝手さとして語る部分と同じ録音のなかにあることです。ジンは自分の身勝手さを隠しませんし、言い訳もしません。変わらない自分とは、立派な自分という意味ではなく、身勝手さも含めた丸ごとの自分なのだと読めます。
謝らない父の、不器用な誠実さ
作中の事実として、ジンは会わない理由を自分の都合として語っています。息子を気づかう言葉で飾ったり、事情があったと言い訳したりはしていません。
ヨミコミはここに、ジンなりの誠実さを見ます。身勝手な父が、自分をよく見せようとせずに身勝手だと言う。それは、聞く側のゴンを子ども扱いしていない話し方でもあります。そして最後に、会いたければ探しに来いと挑発する。慰めではなく課題を渡すのが、ジンという人の息子への接し方なのでしょう。この挑発は、ゴンがこの先G.Iへと進んでいく流れにもつながっていきます。
ゴンが自分の手でテープを止めた意味
この回の小さな見せ場は、ゴンが母の話の手前でテープを止めるところです。ゴンがなぜ止めたのかは、ぜひ本編のコマで確かめてほしいところですが、ヨミコミはここに、ゴンの旅の選び方を読みます。
父の声で語られる話を、一方的に受け取るのではなく、自分で選んで止める。聞きたいことがあるなら、録音ではなく、父を見つけて自分で確かめる。父が挑発で課題を渡したのに対して、ゴンもまた、自分の意思で受け取り方を決めてみせた。テープの向こうの父と、テープを止める息子。この回は、二人がそれぞれのやり方で「自分であること」を示す回だと読めます。
世界樹の上の対話へつながる一本の線
このテープの「変わらない自分」は、ずっと後の会長選挙編で、世界樹の上のジンの姿と重なります。No.339でジンは、行きたい場所にまだ届いていないが急いではいないと語り、途中で出会うものにこそ価値があると息子に伝えます。
長い時間をへても自分のやり方で生きているジンが、そこにいる。テープで自分を変えないと言い切った父が、実際に会ったときにも同じ調子で語っている。No.66とNo.339を並べて読むと、ジンの一貫性がよく見えます。また、G.I編ではゲームの開始時にもジンの録音メッセージが流れます(No.127「9月10日④」)。ジンは長いあいだ、録音を通してしかゴンに語りかけない父でした。
今の自分に置き換えると
環境が変わったり、周りから期待されたり、うまくいかないことが続いたりすると、自分が何者なのかがわからなくなることがあります。ほかの誰かのようになろうとして、かえって自信をなくしてしまうこともあるでしょう。
ジンの一言は、変わらないものを一つ持っておくという考え方として読めます。仕事や肩書きや住む場所は変わっても、自分が大事にしていることや、自分の好きなものは変わらない。それを言い切れるかどうかを、一度考えてみる。
一方で、ジンの言葉には身勝手さも含まれています。自分を貫くことは、周りへの影響を引き受けることでもある。その両面を見たうえで、自分にとっての「変わらない自分」は何かを考えてみる。この場面は、そうした問いを静かに投げかけてくれます。
あわせて読みたい
テープで探しに来いと挑発した父が、G.I編の最後に用意していた仕掛け(No.185)や、実際に会えた世界樹の上での言葉(No.339)もあわせてどうぞ。