ジンが世界樹の上でゴンに旅の進め方を語る場面は、第32巻 No.339「静寂」です。会長選挙編の締めくくりにあたる、父と子の長い対話の後半です。前半の王墓の昔話(No.338「樹上」)と続けて読むと、ジンが息子に何を手渡そうとしたのかがはっきり見えてきます。
どんな場面か
会長選挙編の終わり、ゴンは世界樹を登り切り、ようやく父ジンと向き合います。二人は世界樹の頂上で夜を明かしながら話をします。ジンは、未知の外の世界へ行くには多くの条件がそろわなければならず、自分もまだそこに届いていないが、急いではいないと明かします。そのうえで、目的地そのものより、そこへ向かう途中で出会うものにこそ価値があるのだと息子に伝えます。
考察
急がないことは、目的を捨てることではない
まず、作中で描かれていることを整理します。ジンには行きたい場所がある。そこへ行くには条件が多く、自分はまだ届いていない。それでも急いでいない。そして、途中で出会うものに価値があると語る。
ここからはヨミコミの読みです。この言葉の芯は、語られる順番にあると考えています。ジンは「目的なんてどうでもいい」とは言っていません。行きたい場所ははっきりあり、まだ届いていないことも自分で認めている。そのうえで、急がないことを選んでいる。
つまりこれは、ゴールを持たない人の気楽な言葉ではなく、ゴールを持ったまま、そこまでの時間の使い方を選び直した人の言葉です。目的地が遠く、条件がそろうまで時間がかかるなら、その年月を「待たされている時間」と見るか、「その間に出会うものを味わう時間」と見るかで、同じ時間の意味がまるで変わります。ジンは後者を選び、それを息子にも渡そうとしている。そう読めます。
目的地にたどり着いた直後の息子に言う、という意味
この言葉がゴンに向けられたタイミングにも意味があります。第1話でジンの弟子カイトから父が生きていると聞いて以来(No.1「出発の日」)、ゴンの旅の目的はずっと父に会うことでした。ハンター試験の最終試験でハンゾーに腕を折られても退かなかったのも、父に会いたいという理由からです(No.34)。
その目的が、世界樹の上でついにかなった。目的地にたどり着いたばかりの息子に、父は、途中にこそ価値があると語るわけです。
ヨミコミはここに、ジンなりの答え合わせを見ます。父を探す道のりでゴンが出会ったもの――キルアやクラピカ、レオリオとの出会い、カイトとの再会、いくつもの戦い――は、父に会うための手段だったのではなく、それ自体が旅の中身だったのではないか。父に会えたことより、会うまでに手に入れたもののほうが大きかったのではないか。この言葉は、ゴンにこれまでの旅を振り返らせる問いにもなっています。
同じ夜の前半、王墓の昔話が「実例」になっている
No.338でジンは、若い頃に初めて挑んだ王墓の調査の話をしています。資金も名声もないなか、ネットで集まった年上の素人仲間と真相にたどり着いたこと。そして、うれしかったのは発見そのものより、仲間と握手した瞬間だったこと。
発見という「目的地」より、仲間という「途中で出会ったもの」のほうが大事だった。No.338の昔話は、No.339の言葉の実例として置かれている、と読むと二つの話がきれいにつながります。ジンはいきなり教訓を口にしたのではなく、先に自分の体験を話し、それを一般化してから息子に渡している。説得の順番としても、とても誠実な話し方です。
「模範的な父」ではないジンが言うからこそ
ジンは、父親として模範的な人物には描かれていません。くじら島に残したテープでは、ゴンに会わない理由を自分の身勝手さとして語り、会いたければ探しに来いと挑発していました(No.66「テープ」)。G.I編の最後では、ゴンが仲間と来るか一人で来るかで行き先が変わる仕掛けまで用意していました(No.185「邂逅」)。
だからこそ、この言葉は説教になっていない、というのがヨミコミの読みです。立派な大人が正しい道を示しているのではなく、好きなように生きてきた人間が、その生き方の中で見つけたことを率直に話している。受け取るかどうかはゴンの自由です。親子の距離感はそのままに、それでも一つだけ手渡したかったもの。それがこの言葉だったのではないでしょうか。
「外の世界」はこの先の物語への前振り
ジンがまだ届いていないと語った外の世界は、のちの物語で描かれる暗黒大陸につながる話題でもあります。ゴンの父探しの旅がここで一区切りを迎える一方で、ジン自身の旅はまだ途中にある。父もまた、道の途中にいる旅人の一人として描かれている点が、この場面を静かで大きなものにしています。
今の自分に置き換えると
目標があるのに、なかなか近づけない時期は誰にでもあります。資格の勉強、転職、作りたい作品、始めたい仕事。条件がそろわないうちは、足踏みしているように感じやすいものです。
ジンの言葉は、その時間の見方を変える一つの視点になります。目的地を諦めろという話ではありません。まだ届いていないことを認めたうえで、その間に出会った人や、寄り道で覚えたことを「遠回りの損失」ではなく「旅の中身」として数え直してみる。目標に直接つながらなかった仕事で知り合った人、たまたま手に取った本、うまくいかなかった挑戦から学んだこと。振り返ると、目的地より長く手元に残っているのはそちらかもしれません。
そして、急がないことと止まることは違います。ジンは急がないけれど、外の世界を目指すことをやめてはいません。迷っているときは、目的地を見失っていないかを確かめつつ、今いる場所の景色も見てみる。そのくらいの距離感で受け取るのが、この言葉にはちょうどいいように思います。
あわせて読みたい
同じ夜の前半にジンが王墓の思い出を語るNo.338、くじら島に残されたテープのNo.66とあわせて読むと、「ジンの言葉」が一本の線になります。