王とコムギの最期が描かれるのは、第30巻 No.318「遺言」です。キメラ=アント編の結末そのものにあたる回なので、未読の方はここで引き返してください。
どんな場面か
キメラ=アント編の終わり。毒に侵された王は、しだいに視界を失っていきます。それでも軍儀を打ち続け、何度もコムギがそこにいるかを確かめます。少し眠ると言う王の手を握ったまま、コムギは最後に敬称を外し、王の名前を呼びます。寄り添う二人の姿のあと、この戦いがもたらした被害の数字が淡々と記されます。
考察
何度も確かめるという描写
事実として描かれているのは、王が何度もコムギの存在を確かめることです。目が見えなくなっていく中で、王が求めたのは勝利でも支配でもなく、相手がそこにいるという確認でした。
キメラ=アント編を通して、王は世界の頂点に立つ存在として描かれてきました。その王が最後に手放したくなかったものが、盤の向こうにいる一人の打ち手だった。ヨミコミでは、この繰り返しの確認に、王がたどり着いた場所がいちばん素直に表れていると読みます。
敬称を外すことの意味
コムギは最後に、敬称を外して王の名を呼びます。検索でもよく調べられているのが、この呼び方の変化です。
ヨミコミの読みでは、これは二人の関係が、王とそれ以外という上下のあるものではなく、盤を挟んだ対等な打ち手同士になったことを示しています。前の話、第30巻 No.317で王は自分の名を明かしました。名を知らされたことで、コムギは初めてその名で相手を呼べるようになった。名を明かすことと、名を呼ぶこと。二つの話で、この往復が完結しています。
なぜ最後に被害の数字が置かれるのか
この話は、二人の穏やかな姿で終わりません。事実として、その直後には戦いがもたらした被害の数字が、感情を交えずに記されています。
ここは読み方が分かれる部分だと思います。ヨミコミでは、作者がこの場面を美しい物語として閉じることを、意図的に避けたのだと読みます。王とコムギの時間がどれほど静かで尊いものであっても、キメラアントという存在が多くのものを奪った事実は消えない。その両方を、読者に同時に抱えさせる構成です。
感動と、割り切れなさ。その両方が残るからこそ、この結末は長く語られるのだと考えます。
話タイトル「遺言」をどう読むか
話タイトルは「遺言」です。誰の、どの言葉を指しているのかを作中で断定することはできないので、ここでは一つの読みとして書きます。王が最後に望んだのは、コムギと打ち続けることと、彼女がそばにいることでした。言葉としての遺言よりも、最後まで一緒にいたいというその望み自体が、この話で残されたものなのかもしれません。
ゴンの物語と対になる結末
同じキメラ=アント編の中で、ゴンは第29巻 No.305で、すべてと引き換えに力を求めました。怒りと喪失の果てに、自分を差し出した少年。一方で、敵の頂点にいた王は、静かな時間の中で最期を迎えます。同じ編の中で、この二つの結末が並んでいることにも注目したいところです。
今の自分に置き換えると
大切な人との別れの場面では、何かをしてあげたい、何とかしたいと思うのが自然です。けれど、どうにもならないこともあります。
この場面で描かれているのは、何かを解決することではなく、そばにいることでした。視界を失っていく王が繰り返したのは、コムギがそこにいるかの確認でした。できることが何もないように思えるときでも、そこにいることそのものに意味がある。そう受け取ることもできる場面です。
同時に、この話は美しさだけで終わらせず、失われたものの数字も示しました。大切な時間を大切だと感じることと、その裏にあるものから目をそらさないこと。その両方を持っていていい、というのも、この場面から読み取れることの一つです。
あわせて読みたい
この最期に至るまでの二人の歩みと、同じ編の中でもう一つの転換点となったゴンの場面をあわせて読めます。