キメラアントの王が、自分は何のために生まれたのかを悟る場面は、第30巻 No.317「返答」です。この記事はキメラ=アント編の結末に触れます。未読の方はご注意ください。
どんな場面か
キメラ=アント編の終盤。宮殿の一室で、王はコムギと再び軍儀を打ちます。王は自分の名を明かし、自分が毒に侵されてまもなく死ぬこと、そばにいればコムギにもうつることを打ち明けます。それでもコムギは盤から離れず、共にいたいと笑いながら泣きます。その顔を見て、王はこの時間のために自分は生まれたのだと悟ります。
考察
王は隠さないことを選んだ
事実として描かれているのは、王が自分の名、死が近いこと、そして毒がうつることを、自分の口からコムギに伝えたことです。
ここで思い出したいのが、第24巻 No.249です。あのとき王は、コムギの腕を賭けさせることで揺さぶろうとしました。相手を動かすために、力と条件を使ったわけです。No.317の王は、その逆をしています。自分にとって都合の悪い事実を、すべて相手に渡した。そのうえで、どうするかをコムギに委ねています。
ヨミコミでは、ここに王の変化の中心があると読みます。支配する者は、相手に選ばせません。対等な相手にだけ、人は本当のことを話して選択を委ねます。
コムギの答えは、彼女の生き方そのもの
話タイトルは「返答」です。王が差し出した真実に対して、コムギが返したのが、盤を離れないという答えでした。
No.249で、コムギは軍儀しか持たない自分の生き方を語っていました。その彼女が、命に関わると知ってもなお盤の前にとどまる。これは突然の決断ではなく、彼女がずっと貫いてきた生き方の延長にある、とヨミコミは考えます。コムギにとって軍儀を打つことと、王と共にいることが、この時点で一つに重なったのだと読めます。
笑いながら泣くという表情
コムギの答えは、言葉だけでなく表情としても描かれています。事実として、彼女は共にいたいと告げながら、笑って泣いています。
ヨミコミでは、この二つが同時に出ていることに意味があると読みます。王と共にいられるうれしさと、王が死にゆくという悲しさ。どちらか一方だけなら、王の受け取り方も違ったはずです。うれしさだけなら、コムギは事の重さを分かっていないように見えたかもしれません。悲しさだけなら、王はそばにいさせることをためらったかもしれません。両方を抱えたうえで、それでも盤の前にとどまる。王が悟りに至ったのは、答えの中身に加えて、その答え方を見たからだと考えます。
生まれた意味は、目的ではなく時間の中にあった
王は、キメラアントの頂点として生まれた存在です。王として何を成すか。何を支配するか。王の関心はずっと、そういう大きな目的に向いていたように描かれてきました。
けれど最後に王がたどり着いたのは、世界を手に入れることではなく、盤を挟んでコムギと過ごすこの時間でした。生まれた意味は、成し遂げることの先ではなく、今ここにある時間の中にあった。ヨミコミでは、この一言をそう受け取ります。
ネテロの感謝と並べて読む
王と一騎打ちをしたネテロは、全力を出せる相手と出会えたことへの感謝を胸に戦いました。ネテロもまた、強さの果てに、強さそのものとは別のものを見ていた人物です。立場も結末もまったく違う二人ですが、最後に向かった先が勝敗の外側だったという点で、並べて読む価値があると考えます。
今の自分に置き換えると
自分は何のために生きているのか。この問いには、何かを成し遂げることで答えようとしがちです。目標、成果、肩書き。それらはもちろん大切なものです。
王の場面が示しているのは、それとは別の答え方もあるということです。誰かと向き合って過ごす、ある一つの時間。そこに自分がここにいる理由を見いだすこともできる。答えを大きな目的の中だけに探して見つからないとき、身近な時間のほうに目を向けてみる。そういう読み方ができる場面です。
もう一つ、この場面は、本当のことを伝えたうえで相手に選んでもらうことの重さも描いています。伝えるのが怖いことほど、相手を対等に扱う覚悟が問われます。
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二人の関係が始まった腕の場面と、この対局の続きにあたる場面を、前後の記事で読めます。