ピッコロがナッパの攻撃から悟飯をかばって倒れる場面は、第19巻 其之223「ピッコロと悟飯」です。かつて悟空の宿敵だったピッコロが、悟空の息子のために身を挺してかばう、サイヤ人編でも特に印象深い回です。この記事は主要キャラクターの死に触れるので、未読の方はご注意ください。
どんな場面か
サイヤ人のナッパとの戦いで、ピッコロは悟飯に向けられた攻撃の前に飛び出し、その身で受け止めます。倒れたピッコロは、かつて大魔王だった自分が子どもをかばったことを自分で笑いながら、自分とまともに話してくれたのは悟飯だけだったと打ち明け、息を引き取ります。悟飯は怒りのまま、ピッコロから教わった魔閃光を放ちます。
考察
鍛えていたはずの相手に、変えられていた
まず作中の事実を整理します。サイヤ人の襲来に備えるため、ピッコロは幼い悟飯を連れ去り、荒野での厳しい修業を課しました。悟空の宿敵だったピッコロにとって、悟飯は当初、戦力として鍛えるべき相手でした。そのピッコロが、最後には悟飯をかばって倒れています。
ここからはヨミコミの読みです。この場面でピッコロが口にした言葉は、悟飯を強くしたことより、悟飯と一緒にいた時間そのものを振り返るものでした。鍛える側だったはずのピッコロが、いつのまにか、鍛えていた相手から何かを受け取っていた。その変化に、ピッコロ自身が最期になって気づき、半ば照れながら認めている。そう読むと、この言葉のぎこちなさにも納得がいきます。
まともに話してくれた、という言葉の重さ
ピッコロは、まともに話してくれたのは悟飯だけだったと打ち明けています。ピッコロ大魔王の生まれ変わりとして生まれたピッコロは、恐れられ、敵として扱われるのが当たり前の存在でした。
ヨミコミは、この告白に、ピッコロがずっと持っていた孤独が表れていると考えます。強さや怖さでは、人とつながることはできません。悟飯は、ピッコロを怖がりながらも、一人の相手として話しかけ続けたのでしょう。それは、ピッコロにとって、生まれて初めて誰かとまっすぐ向き合う経験だった。数か月という短い時間が、ピッコロの中でそれほど大きなものになった理由は、そこにあるのではないでしょうか。
大魔王が子どもをかばうことを、自分で笑う
ピッコロは、子どもをかばった自分を笑っています。かつて世界を恐怖に陥れた大魔王の生まれ変わりが、宿敵の息子のために命を落とす。ピッコロ自身、その意外さに気づいていたことになります。
ここも解釈ですが、この自嘲は、自分が変わったことへの戸惑いと、それを受け入れる気持ちの両方を含んでいるように見えます。昔の自分なら考えられない行動を、体が先に選んでいた。頭で考えた結果ではなく、とっさにそうしてしまったという描かれ方だからこそ、ピッコロの変化が本物だったと伝わってきます。
悟飯の怒りが示すもの
ピッコロが倒れたあと、悟飯は怒りのまま魔閃光を放ちます。魔閃光はピッコロから教わった技です。
教わった技で、教えてくれた人のために怒る。ヨミコミは、ここに二人の関係が一方通行ではなかったことが表れていると読みます。ピッコロが悟飯に心を開いていたように、悟飯にとってもピッコロは、ただの怖い師匠ではなかった。この師弟の関係は、のちの人造人間・セル編でも、悟飯を見守るピッコロの姿として続いていきます。
今の自分に置き換えると
最初は苦手だった人や、義務としてつき合っていた相手が、気づけば自分にとって大事な存在になっていた。そんな経験は、職場や学校、家族や地域の中で、多くの人にあるのではないでしょうか。
この場面は、関係が変わるのに長い時間は必要ない、ということを見せてくれます。ピッコロと悟飯が過ごしたのは数か月です。大切なのは時間の長さより、相手と正面から向き合ったかどうかでした。
そしてもう一つ、ピッコロは、その気持ちを最後まで言葉にしませんでした。言えたのは、倒れたあとです。今そばにいる人に対して、ありがたいと思っていることがあるなら、照れくさくても、言える機会に少しずつ伝えておく。そんな受け取り方もできる場面です。
あわせて読みたい
同じナッパとの戦いで、チャオズが天津飯に別れを告げる場面(其之217)や、成長した悟飯がセルとの決着に挑む場面(其之416)とあわせて読むと、悟飯を支えた人たちの思いがつながって見えてきます。