くまの後半生が描かれ、スリラーバークとシャボンディ諸島での行動の理由が明かされる場面は、第109巻 第1102話「くまの人生」です。アニメでは第1136話にあたります。くまの過去はこの前後の数話にわたって描かれており、この回はその後半、一味との関わりが語られる部分にあたります。この記事はくまの過去の核心に触れるので、未読の方はご注意ください。
どんな場面か
エッグヘッド編で、娘のボニーは、父くまの記憶をたどっていきます。この回で描かれるのは、くまの後半生です。くまは、ルフィが革命軍のドラゴンの息子だと知り、スリラーバークとシャボンディ諸島で麦わらの一味と向き合います。一味を島々へ飛ばしたのは、彼らがまだ新世界に耐えられないと考えたからだったと明かされます。やがて自分の意識が消える処置を受ける前に、くまはベガパンクの求めに応じて、自分の記憶を外に残していきます。
考察
敵に見えた行動の、裏側
事実として、読者はスリラーバークとシャボンディ諸島で、くまを一味の前に立ちはだかる七武海として見てきました。スリラーバークではルフィの首を差し出せと迫り、シャボンディ諸島では一味を次々と消し去りました。
ここからはヨミコミの読みです。第109巻でその理由が明かされたとき、50巻台の二つの場面は、まったく違う姿を見せます。敵の攻撃に見えた行動が、実は一味を守るための判断だった。しかもくまは、その理由を誰にも説明していません。理解されないまま、恐れられたまま、それでも自分が正しいと考えたことをやり通した。この「説明されない善意」こそが、くまという人物の核だと考えます。
一味を「飛ばした」という選択
シャボンディ諸島で、一味は海軍大将を前にして、なすすべもなく追い詰められていました。そこでくまが選んだのは、一味を戦わせることでも、自分が戦うことでもなく、別々の場所へ逃がすことでした。
ヨミコミの読みでは、これは守ることの難しさを表した選択です。一緒にいれば全滅する。だから、ばらばらにする。守られた側にとっては、仲間と引き離される痛みでもありました。事実として、このあと一味は2年のあいだ離ればなれになり、船長は再会を自分で延ばす決断をします。そして2年後の再会の場面(第603話)で、くまが一味の船を守っていたことも明かされていました。くまの判断が、そのまま一味の2年間の形を決めていたことになります。
スリラーバークの場面が、別の光で見える
スリラーバークで、くまはルフィの首を求め、ゾロがその身代わりを申し出ました。ゾロはルフィの痛みと疲れを引き受け、一味を守り通しています。
この回の内容を知ったうえで読み返すと、あの場面には、くまと一味の双方に、それぞれの覚悟があったことが見えてきます。くまはルフィが何者かを知っていた。ゾロは相手の思惑を知らないまま、自分の身を差し出した。ヨミコミは、互いの事情を知らない者同士が、それぞれに誰かを守ろうとしていた場面として、スリラーバークの一幕を読み直すことができると考えます。
記憶を残すという、最後の選択
自分の意識が消える前に、くまは記憶を残していきました。事実として、記憶を外に押し出したのは研究のために残してほしいというベガパンクの頼みにくまが応じたもので、その記憶をたどっているのが、娘のボニーです。
ヨミコミの読みでは、ここに父としてのくまの姿がもっともよく表れています。自分が自分でなくなることを受け入れる。それでも、自分が何を思い、なぜそうしたのかを、いつか誰かが知れるように残しておく。説明しないまま生きた人が、最後に残したのが説明ではなく記憶そのものだった。その記憶を娘がたどるという構図が、この回を一人の父の物語にしています。
今の自分に置き換えると
誰かのためにした行動が、その場では理解されないことがあります。相手のことを考えて距離を置いた、あえて厳しいことを言った。その意図が伝わらず、誤解されたまま時間が過ぎることもあるでしょう。
くまの物語から読み取れるのは、理解されないことと、間違っていることは別だということです。ただし、くまのように何も説明しないまま一人で抱え込むことが、いつもよい結果になるわけではありません。くま自身も、最後には記憶を残すことに応じ、その記憶は時を経て娘のもとに届きました。
大切な人に対して、言えずにいる思いがあるなら、いつか伝わる形で残しておくこともできます。手紙でも、短い言葉でもかまいません。伝えることをあきらめないことも、誰かを守るための一つの方法です。
誰にも言えない思いを一人で抱えてつらいときは、信頼できる人や、厚生労働省まもろうよ こころで紹介されている相談窓口に話してみてください。
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くまの過去を知ったうえで読み返したいスリラーバークのゾロの場面と、散り散りになった一味に船長が送った合図の場面もあわせてどうぞ。