光月おでんが、釜茹での刑の中で家臣たちを担ぎ続ける場面は、第96巻 第972話「煮えてなんぼのおでんに候」です。アニメでは、同じ題の第974話から第975話にかけて描かれます。ワノ国編の中盤で語られる、おでんの過去の結末となる回です。この記事はおでんの死に触れるので、未読の方はご注意ください。
どんな場面か
カイドウとの戦いに敗れたおでんは、家臣たちとともに釜茹での刑に処されます。おでんは煮えたぎる油の中で、家臣たちを乗せた板を担ぎ上げ、1時間耐えれば解放するという約束に賭けます。しかし1時間を耐え抜いたところで、刑はその少し前に銃殺へ変えられていたと告げられます。おでんは家臣たちを釜の外へ投げて逃がし、国を開くという願いを託します。最後の言葉を言い終える前に、おでんはカイドウに撃たれ、見守っていた町の人々がその言葉の続きを叫びます。
考察
約束を守る側と、破る側
作中の事実として、おでんが1時間耐えようとしたのは、そうすれば家臣たちを解放するという約束があったからです。そしてその約束は、おでんが1時間を耐え抜いたにもかかわらず破られました。
ここからはヨミコミの読みです。おでんの過去の物語は、約束を守る側と破る側の物語として読めます。おでんはこの刑の前にも、ある取引を信じて、町の人々から笑われる姿をさらし続けていました。相手が約束を守るとは限らないと分かっていても、おでんは自分の側の約束は守り通した。この場面の痛みは、どこまでも約束に誠実だった人が、最後まで約束を破られ続けたところにあります。
それでもおでんは、約束が破られた瞬間に、自分の命を救う方向ではなく、家臣たちを逃がす方向に動きました。約束が消えたあと、残ったのは、自分が守ると決めたものを守るという、おでん自身の決めごとだけだったと考えます。
殿様が、家臣を「担ぐ」という構図
この場面でもっとも印象に残るのは、おでんが家臣たちを担ぎ上げる姿です。普通、殿様は家臣に担がれる側です。
ヨミコミでは、この逆転がおでんという人物をよく表していると読みます。身分が上だから守られるのではなく、上に立つ者だからこそ下にいる者を支える。釜の中で家臣を担ぐ姿は、言葉で語る以上に、おでんが考える「上に立つ者の役目」を示しています。自分が沈めば、担いでいる家臣たちも沈む。だから沈まない。白ひげが最後まで倒れなかった姿とも、どこか重なるところがあります。
話タイトルの言葉について
この回の話タイトルは、おでんらしい言い回しになっています。この言葉が場面の中でどのように発せられたのか、誰の声として描かれているのかは、ぜひ単行本で確かめてください。この記事では、誰の台詞かを断定せず、話タイトルとして扱います。
そのうえでヨミコミの読みを添えると、事実として、この場面では、最後の言葉を言い切れなかったおでんに代わって、見守っていた町の人々がその続きを叫んでいます。長く笑いものにされていた殿様の言葉を、最後に町の人々が引き取った。おでんが守ろうとしたものが何だったのかが、この一瞬に表れていると考えます。
託された願いの行方
おでんは死の間際、家臣たちに国を開くという願いを託しました。事実として、おでんは若いころ、白ひげやロジャーの船に乗って海を渡り、外の世界を見てきた人物です。
ヨミコミの読みでは、国を開くという願いは、外の世界を知ったおでんだからこそ持てたものでした。自分では果たせなかった願いを、生き残った者たちに預ける。託された側の家臣たちがその後どう動くかが、ワノ国編全体を動かしていくことになります。一つの死が、物語の大きな流れの出発点になっている回です。
今の自分に置き換えると
約束を守っても報われない、相手が約束を守ってくれない。そうした経験は、仕事でも暮らしの中でも、多くの人にあるかもしれません。そのたびに、自分だけが誠実でいることに意味があるのかと迷うこともあります。
おでんの場面から読み取れるのは、相手がどうであれ、自分が何を守ると決めているかは、自分で選べるということです。約束が破られたあとでも、おでんは自分の決めごとを手放しませんでした。
もちろん、おでんのように自分を犠牲にすることを勧める場面ではありません。ただ、誰かを支える立場になったとき、自分が何を担いでいるのかを意識しておくことは、判断に迷ったときの一つの軸になるはずです。
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おでんと同じ時代を生き、最後まで倒れなかった白ひげの最期や、このあとワノ国編のクライマックスで描かれるルフィの場面もあわせてどうぞ。